本稿では短編の中で最も面白かった、「詩音が来た日」を紹介します。この物語は老人介護用アンドロイド、詩音が老人保健施設で老人介護を行いながら精神的成長を遂げていくお話です。
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<br />詩音は悲しみや憎しみや偏見といった負の感情を持たない、人間とは異なる知性を持つ存在です。そんな詩音が矛盾だらけの感情を持つ人間のことを理解し、愛していく様子は、読んでいて胸が熱くなりました。
<br />特に自他共に認めている悪党のような老人と憎しみも偏見も抱かない詩音が対話する場面が良かったです。この場面は是非とも本書を手にとって読んでもらいたいです。
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<br />筆者の奥さんは元看護師だけあって取材もしっかりとしており、老人保健施設も細部まで描かれています。近い将来、私達が老人になる頃にはこんな世の中になっているのかなと想像してしまいました。そして、詩音のようなアンドロイドがそこにいたらそれは素敵な未来だなと私は思います。
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<br />「詩音が来た日」は2006年に読んだ中で最も面白かった物語です。お勧め!
人工知能が意識を持つとどうなるかというSF物語ですが、
<br />実にアイにあふれています。今の日本、いや人間に
<br />何が足りないのかを痛感させる哲学を感じました。
<br />私たちは皆、殻をかぶり、認知症である。
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<br />なお、作者がSF的ディテールに凝っているので、
<br />宇宙船の形状だとか、理解できない人工知能の会話などは
<br />飛ばしまくっても、全く問題ないです。
<br />でも、読み終わった後に、もう1回、細部までみっちり
<br />読んでみたいな、という感想も持ちました。
<br />それに、映画にしてほしいな。
<br />このスケールを見てみたい!
<br /> 人類がマシンと闘い続ける近未来。「僕」は負傷した末、アイビスと名乗るアンドロイドの虜囚となる。アイビスは「僕」に数々の物語を読み聞かせる。仮想空間で逢瀬を重ねる男女。鏡の向こうのAIと友情を結ぶ少女。介護用アンドロイドとの交流で何かを学ぶ看護師。
<br /> アイビスが語るこうした物語には果たしてどんな意図が隠されているのか…。
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<br /> 私たちが今確かに存在すると信じる実世界と、コンピュータや人工知能が生み出す仮想世界。この二つの間の境界線が朧(おぼろ)なものとなり、両者の往来が自由になった時空間で、様々な物語が進行していきます。読者は今ある自分の存在が一気に不確かなものとなり、足元が揺らいでいく奇妙な不安感を幾度となく味わうことでしょう。
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<br /> しかし「アイの物語」はそうした自己存在の不確実さを改めて突きつけるための物語ではありません。私はそこに9・11以降、目指すべき方向を見定められずにいるこの世界を、もう一度正しい軌道に乗せようという著者の確固たる決意を見るのです。
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<br /> 自分たちとは異質なものを恐れ、その恐怖を憎悪に変えて相手を払いのける本能がヒトには備わっています。種の保存を支える本能とはいえ、私たちはそのために多くの犠牲を払ってきました。
<br /> アンドロイド/AIとヒトとの関係に著者が託すのは、こうした恐怖と憎悪の連鎖を断ち切ることの重要性。そしてそのために著者が用意するキーワードは、「記憶」と「共感/感応」の二つです。
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<br /> 互いに理解できないもの同士が今まさにすべきことは、理解できないものを退けるのではなく、許容すること。その寛容を養うには、他者の記憶を自己のものとして積み上げる努力です。そのための訓練にフィクションは欠かすことができないということを、このSF小説は心の底から信じています。
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<br /> その著者の信念に私自身の心が共振するのが分かる、そんな震えるほど清々しい読書体験を得られる小説です。
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