宮本武蔵の名高い本書をはじめて この文庫でじっくり読んでみた。<p> 読んで分かったことだが この本は本当に剣法を具体的、実際的に丁寧に教えているKNOW-HOW本である。精神論でもなく 思想書でもなく ひたすら 「足の使い方」だの「刀の持ち方」だのが 説かれている。その意味では現代の「**の達人」であるとか「料理読本」等といった本と基本的な性格は同じであると 思い切って言ってしまおう。<p> 但し、ではある。<p> 「細部に神は宿る」とはキリスト教の言葉だが まさしく その言葉を思い出させるものが この本にある。自分の「天職」を「極私的」に「目を凝らしていく」うちに 思いがけなく普遍的な視野が得られるということは 武蔵だけではなく 先達の諸賢の方々にも共通して見られた現象である。その良例は本書からいくらでも引用できる。<p>「遠き所を近く見、ちかき所を遠くに見る事、兵法の専也」<p>これは 剣法において 「相手の遠いところをしっかり見る一方 目先の動きには捉われるな」という事を当たり前のように言っているだけだが 実に普遍的な内容ではないかと思う。武蔵は そんな感心している僕を見たとしたら「いったい何に感心しているのだ?」と首をひねるかもしれないが そんなものである。 その意味で この「五輪書」が400年という歳月に耐えて 今なお 多くの人の興味と共感を集めていることに あの世の武蔵も呆れているかもしれない。<p>
宮本武蔵の人生哲学が書かれていると、勝手に思い込んでいました。でも、書かれているのは本当に剣の道なんです。たとえば五つの基本形について、「第一のかまえは、中段をとり、太刀の先を敵の顔につける」など。剣の実用書ですよ。敵がいることを前提として書かれているので、自分自身との戦いにどう勝つか……なんてことのヒントにはなりにくいです(そんなことをこの本に求めた私がバカだったのかもしれない)。ただ、一つうなずけたのは、「修行が未熟なうちは、よい技をしよう、うまく動こうと思うからかえってできなくなる」という箇所。これって何事にも言えることですよね。「五輪書を読む」ということに関しては、訳文も詳しいしおすすめできます。ただ、五輪書を人生哲学書だと思うと失敗しますよという……(そんなこと思うの私だけか)。教養にはなりました。
今、時代はサムライを求めている。バブルが崩壊してから、10年。大人達は自信をなくし、物心ついた時から不景気しか経験していない若者は、無気力・無感覚と揶揄されている。企業や政治家のモラルは低下し、毎年のように新たな精神疾病がマスコミに取り上げられている。<p> こんな混迷を深めた現代だからこそ、文武両道を極めた武蔵から学び取ることは多い。不合理と見えるほどストイックな彼は、快や不快などの単純な欲求に振り回されず、より高次元の思想を掲げ、実践した。死を感じることで、生の意味を体得し、一瞬一瞬をまさに全力で生きた。己だけを信じることでリスクを回避し、決して中途半端な妥協を許さなかった。名を惜しみ、命を惜しまず。そんな彼のサムライ精神を学ぶことは、人生を三倍生きるといっても過言ではないと僕は思う。