どうしても、この手の書物は統計を基に分析するスタイルが多い。社会経済学というのだそうだが、やはり、何がしかの理論的な事を述べようとするとそれらの根拠がほしいわけである。学問的には必要な手続きであり、その分析・解説は理解できる。1985年、1995年、2003年というレンジでジニ係数を説明している部分があるが、確かにそれらの指標は事実であるから階級格差が広がっているのであろう。統計量の信憑性を除けば、まさに学問的に正確な解説書であると思う。
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<br />近代(明治時代)の東京、昭和30年代の映画(吉永小百合、賠償千恵子)、少年漫画(巨人の星)などの話題は、階級を意識した人々がその時代にどのように社会というものを感じていたかという具体的な表現例としてピックアップされている。社会経済学的に彼ら(主人公)がどういう意識で時代を暮らしていたかということが述べられている。やや、古典的な解説ではあるものの、具体的で分かりやすい。更に、近年、新たな階級が生成されているという指摘も当たっているだろう。フリーターや主婦(女性)の位置づけに着目した点で新たな階級層の定義追加の必要性がでてきたという。
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<br />タイトルと書物の内容は一致している。専門書として読み応えのある書物である。また、同時に最終章で、この社会(日本に限ったものかもしれないが・・・)の行方とその解決法が示されている。あくまでも統計からの分析を主体に解説した書物であるので、日本の産業構造の問題や日本人の労働者の意識の特異性に触れた部分は少ない。しかし、社会の機会均等を目指す方向で動くために何が必要なのか、どの階級に属している人々が声を上げなければならないのかを教示するのであれば、どうしても政治思想の部分に触れなければならないだろう。一般的な労働問題として片付けてしまうのはあまりにも惜しい一品である。まさに、書物のタイトル通り、”現代日本の格差を問う”という問題を提起しているのである。一冊の書物として完結させるためには、記述の範囲に限界がある。
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<br />例えば、城繁幸の”なぜ若者は3年で・・・”という書物などのように、労働者側からの視点で解説しているわけではない。また、三浦展の”下流社会”などのように(階層という言葉よつかっている)階層間の移動が可能であるかという点に重きを置いているわけでもない。ただただ、日本の現状を階級に分類した視点で解説している点に、著者の冷静な態度が感じ取れるわけである。ただ、”新中間階級”という分類はもう少しなんとかならないものであろうか。産業構造と直結してるのは事実であるが、日本の労働市場や労働者のキャリアパスが諸外国と異なる点に触れて、新たな理論の展開がほしいところだ。
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<br />なぜか、最後の部分で、”新中間階級”の人々の労働時間削減を提唱している。この件の善し悪しはひとまず置いておいても、最近話題のホワイトカラーの労働時間規制撤廃(週40
<br />時間以内の制限撤廃)がニュースで報じられている。世の中の動きはますます著者の思うところと反対側に傾いているのだろうか。
フリーターを相対的過剰人口(使い捨てのアンダークラス)とする議論(p143)は参考になった。また最終章も優れた議論だと思う。特に「高度成長が終焉し、新たに中小企業を興して経営者になる機会が減少した」という意味に限定して佐藤『不平等社会日本』の結論を支持する議論(p184)は非常に説得的。しかしその他の部分には、正直イライラさせられ通しだった。
<br /> 著者は「日本の経済格差は恐ろしいほどのスピードで拡大を続け」(p21)、01年には1920年代水準に達したとブチあげる。ところが「国民生活基礎調査」に依拠すると拡大幅は格段に縮小し、しかも実態的にはより正確だろうと留保(p23)。そこで昔の相互扶助的慣習を持ち出して戦前の格差推計値の方を下方修正して切り抜け、シメの言葉は「格差の拡大傾向を軽視するのは危険」(p26)とややトーンダウン。でも後の章では「第一章でみたように、今日の日本の経済格差は確実に戦前の水準に近づいている」(p50)…
<br /> 議論は常に「旧来型マルクス主義陣営を乗り越える」式。でもマルクス主義自体は清算せず、大幅に改変しつつも「階級」・「搾取」概念を柱に据え、結局は敵対階級や階級闘争の担い手を主題にする。「搾取は悪だ」と主張するつもりはない、単に「職業に貴賎はないから全ての労働に同額の時給を与えるべき」という規範的基準を仮定し、「搾取」概念を鍵にして各「階級」の偏差を示す試みだと述べつつ(p109)、「新中間階級」を「最大の横領者」と規定する(p111)。率直に言って、そのセンスは古い。ついでに言えば本書中の東京論や梶原一騎論も、凡庸で古臭い。
「格差」や「階級」をテーマに声高に不安感をあおる書物が多い中、ようやく落ち着いて読める本が出たと思う。長くこの分野を扱ってきた専門の研究者だけに、「階級」という概念規定があいまいでなく、しかもすっきりと説明されていて、一般にもわかりやすい。「労働者階級」「新中間階級」などの語は懐かしささえ漂わせるものだが、現代を斬る道具としても有効だと納得できた。
<br />同じ著者による2001年の前著「階級社会 日本」とテイストは似通うが、その学説史や理論の部分を思い切ってそぎ落とし、さらにフリーター・シングル女性の貧困化など新しい問題が付加されている。学生を社会に送り出す立場からも興味深く読んだ。
<br />だが本書の個性は、こうした目前の社会現象や東京・梶原一輝などの軽い素材を扱いつつも、問題認識が決して表層にとどまらないことにある。最終章の、「格差社会」の悪は経済問題というより「私には価値がある」という思い(自尊)を破壊することだという主張には、強いヒューマニズムを感じた。現状打開への実践的糸口も示されていて、読後感は「静かに鼓舞された」という感じ。新書に飽き足りなくなった読者層には是非おすすめしたい。
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