日本の侵略から国民党と共産党の内戦、中華人民共和国の成立、文化大革命に至るまでを著者の家族の親子三代にわたる人生を通して描いたノンフィクション。普通なら省略されるような下(しも)の話などが詳しく書かれているところが印象的。それがこの本にリアリティーを与えている。<p>著者の父親は、文化大革命の時に、反逆者として訊問を受ける。しかし、それに屈しない父親の態度には感服させられる。たとえ精神病になっても、あくまで自分の信念を貫こうとする態度は、なんともすがすがしい。<p>広く深い知識、そしてそこから生じる明確な見識を持った父親と、無知で政治に右往左往する農民が対照的である。やはり、人間には多くの知識が必要なのだろう。それがあって初めて信念に忠実に生きられる。ある作家が書いていたが、「本当の勇気とは、言葉をたくさん知っている人間が持てる」と言う言葉を実感する。<p>共産主義は左翼の一形態だが、人間をひとつの思想で統一しようとする点では極右も左翼も同じ。共産主義は建前はすばらしいが、この本によれば、毛沢東もわりと贅沢な暮らしをしていたようだ。そこには、上の階級のものが庶民から搾取すると言う構造があり、それは資本主義と変わらない。<p>また、この本からは、人間をひとつの思想で縛ることの恐ろしさが分かる。そういう集団は、たやすく支配者の意のままに操られてしまうのである。思想・人格・生き方など、人間の多様性を受け入れてこそ真の人間らしい社会になるのだ…としみじみ思った。
なぜか日本では欧米のものに比べて中国小説が少ないとかねてから不満に思っていた。最近では「上海ベイビー」のヒットなどで以前より注目されるようになってきた中国小説ではあるが、まだまだ欲求不満気味である。しかしそう言いながらなぜかこの大ベストセラー小説はここに至るまで手にとらずにきてしまった。理由はただひとつ。あまりに長く重そうな小説でついつい後回しにしてしまっていたのだ。満を持して手にとったらもうすっかり引き込まれてしまった。<br> 作者の祖母、母、そして作者の三代に渡り清朝の崩壊、日中戦争、共産党国家擁立から文化大革命という激動の時代を生き抜いた女性のドキュメンタリーである。広大な土地、膨大な人口。平和な時代にあっても中国に生きることはわれわれ日本人よりはるかにエネルギーを要しそうなのに激動の時代においては並大抵の生命力では生き抜いてはいけなかった。<br> 共産党幹部の父母を持ち、特権階級の恩恵を受けながら文化革命以降一転して苦難の青春時代を送る事になった作者。連日「批判」され暴行される両親を目の当たりにし、自身も辺境の農村へ送られ身体を壊してしまう。人生の最も多感な時期に煉獄の日々を送ることになった作者は、決して自暴自棄になることなくたくましく生き抜き、クモの糸のような頼りないチャンスの兆しを必死に掴み取るのであった。苦難の中にありながら作者の女性らしいやさしさ、美しい物を愛でる気持ちなどが随所にあらわされ、心を打つ。
「魂を揺さぶる驚愕の史実!!」まさにその通りの内容だった。文化大革命とそれ以前の中国の真相を内側から描き出し、そのおろかな恐怖政治の実態を教えてくれた。毛沢東という人民を意のまま操る才能をもって生まれた低脳政治家によって煽動され、人間の醜の部分をあらわにしていく人々の悲しさ、それでも自分の正しいと思う考えを死を賭してあるいは死をもって守ろうとする人々。その壮絶なまでの人間性のぶつかり合いが心をわしづかみにする。毛沢東という人間は一体何を求めていたのか。何に怯えていたのか。共産党を建てた最初の目的は一体なんだったのか。これほど、人の気持ちを計れないのに人の気持ちを操ることができる人間というのが存在しうるのだろうか。人間性というものを知りすぎていたから、他人に対して極度に懐疑的であったのだろうか。とにかく無知で鈍感で下品でずるがしこく強欲でまさに悪魔と呼ぶにふさわしい人間が中国という国を支配していた。この史実をすばらしい手腕で描ききってくれたユン・チアンさんに拍手喝采と最上級の賞賛を送りたい。