この本は、ひとつ東野さんの高い技術その構成力を信じて。予備知識ゼロで
<br />読み進めた方が良い。実際ボクも、ウラ表紙あらすじ・目次さえも目もくれず、
<br />頭からマッ白の状態で読み始めた。その読み方は成功だった。すっかりハマッタ。
<br />この刑事のシリーズ作が他にもあるらしいが、すぐに読みたくなった。
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<br />初めて読んだ東野作品は、話題作『白夜行』だった。
<br />ドライな文章かくなー、という印象だった。感情表現がほとんど無いのに、
<br />ぐいぐい読者を引っ張る。そのストーリーテリングの技術の高さに舌を巻いた。
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<br />本作『悪意』は『白夜行』とは正反対の文章でつづられている。
<br />ウェットな粘着的なまでの、ドロドロの感情がえがかれている。
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<br />東野さん、貴方は本当に「ヒキの強い作家」だ。
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<br />手を変え品を変え話題作連発なのに、安定して読者を引き込む。基本的な描写力
<br />がしっかりしているからだろうな。人物の心の機微がよく伝わってくる。
<br />東野さんは、決してポッと出の流行作家ではなく。直木賞受賞まで何度も、
<br />最終候補まで残りながらも、落選し続けた。その苦い経験を経た上でのベストセラー
<br />作家だからこそ、その文章は高い技術に裏打ちされ、安定して読み易い。
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<br />PS●加賀恭一郎刑事が気になった人は →『卒業86年/眠りの森89/どちらかが彼女を殺した96/私が彼を殺した99/嘘をもうひとつだけ00/赤い指06』など
全体的に散漫な印象。もう少し内容はシェイプできたかも。 <br />そして目玉の「動機」……自慢になってしまうが、自分はわかってしまった。<br />自分は犯人以上に底意地が悪いのかと、自分に問い掛けたい。<br />まぁ、ある程度疑ってかかれば、わかるんじゃなかろうか。<br /><br />悪意っちゃ悪意だが、その割りにはショボい気がしないでもなく――。
ベストセラー作家日高の家に、小・中学校の同級生であり、児童文学作家としてスタートした野々口が訪れる。そして、その晩、日高は何者かに殺される。
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<br />以下、野々口の手記と、野々口のかつての教師仲間で、現在は刑事の加賀の手記が交互に挟まれる形で物語が進む。加賀は早い段階で野々口の犯行を確信するのだが、肝心の"動機"が掴めない。手記の中で、小説におけるモデル(ここでは日高・野々口の同級生)の問題(柳美里女史の件を思わせる)、ゴーストライター疑惑、手書きとワープロの問題、不倫疑惑、写真やナイフ等のこれみよがしの証拠、猫の毒殺事件、そして"いじめ"の問題などが提出される。読者は虚構と真実の狭間で彷徨うことになる。
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<br />この手法は、同業者の折原一氏の作風を思わせるが、もしかしたら2人は(良い意味で)意識するところがあるのかもしれない(実際「仮面山荘」のあとがきで作者は折原氏の作風に触れている)。
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<br />最後に提示される真相は着想外のものではなく、また読者を完全に納得させる類のものでもない。作者が読者に突きつけるのは、芥川龍之介ではないが、人間の深層心理は所詮「藪の中」ということであろうか。暗澹とした読後感を植えつける作者の「悪意」が光る、異色傑作である。