風の歌、ピンボール、上巻とは違うテイストだった。これまでは話の筋はそこまで重要じゃなくて表現のおもしろさで読ませていたけど、下巻ははっきりとした目標に向かって脱線もほとんどなく進んでゆく。
<br /> 正直孤独感みたいなものが出すぎていて楽しむ余裕がなかったのだけど、ラストがあまりにも素晴らしい。
羊男が私はかなり好きな登場人物である。
<br />鼠の行方よりも羊男の行方が気になって読んでしまった。
<br />私は。この奇妙な羊男の仮面を脱ぎたいと思ってしまう。
<br />結局この羊男は悪さを全くしないのでいつも気に入っている。
<br />この作品はホテルに至るまでのスピード感が石田衣良の小説感とリンクし重なったというのが今の私の評価です。
<br />とにかく続き物だがこの一冊だけ読んでも別に構わないと思う。
<br />鼠よりも私は羊男のキャラを取る、そんな小説です。
この「羊をめぐる」は本当に珍しく破綻のないすっきりした長編です。それは多分この当時の作家が大体のラストシーンを想像しながら書いていたからではないかと思います。つまり、目的地がはっきりした旅なので、途中いろいろな紆余曲折があってもそれなりに筋道立ってなんとか最後まで読んで行かれる。でも最近の村上春樹の長編はこうした目的地が不明確でどこに連れて行かれるのかわからない。作家本人も言っていることですが、ロール・プレイング・ゲームのように行き当たりバッタリに物語が続いて行く。だから、「ねじまき鳥」の加納姉妹のように前半は意味のあった登場人物も最後には忘れられて、何のために登場して来たのか判然としなくなる。でもこの「羊をめぐる」には、こうした迷子の手法が取られていないので、従来の小説に馴染んでいる読者には読みやすい作品だったと思います。
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<br />結末は非常に政治的な示唆に富む印象的な幕切れです。「ねじまき鳥」も非常に政治的哲学的歴史的な考察に富んでいますが、この「羊をめぐる」にも当時プラザ合意で一気に円高になり、世の中が一変した時代、自分の家が二倍にも三倍にも不動産価値が出た時代に、全共闘学生運動を経験した作家が、何とかしてこうした物質文化マテリアルワールドに順応しようとしてまがりなりにも導き出したそれなりの解決、問題の答えが描かれています。それが、この「羊」の中の副主人公「鼠」の最後の行動に表れていると思うのですが、どうでしょうか?