本書は、「貧困」という最も恐ろしい問題に対する優れた分析と、発展のために何
<br />が必要かが述べられている。
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<br />内容については他のレビューに詳しいですが、更に付け加えるならば、本書は貧困
<br />と発展の問題の考察を通じて、人間に最も必要なこととは何か、を教えてくれるこ
<br />とです。
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<br />実践的というよりは理論的内容になっています。なので、2006年度ノーベル平
<br />和賞を受賞されたムハマド・ユヌス「ムハマド・ユヌス自伝」をも合わせて読まれ
<br />ることをお勧めします。ここには、グラミン銀行を通じた、貧困撲滅のための「実
<br />践」が述べられているので、センの言う理論の現実が見えてくると思います――両
<br />者は必ずしも矛盾するものではありません。
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<br />もう一つ……本書はアジアにおける貧困と発展の問題を述べていますが、それは、
<br />決してアジアに限られることではありません。ですから、本書では普遍的な価値を
<br />有する議論がなされています。
本書は、4つの講演論文及びセン教授の紹介で構成されています。本書を読んでいると、途中でダブった表現が出てきます。例えば、2つ目の講演論文で出てきた表現が、3つ目の論文で全く同じ形式ででてきます。
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<br />飢饉が起きるということは、食糧自給の供給不足であるというよりは、民主化されていないことのほうが大きな要因である。それは、経済危機であり、災害であり同様である。富裕層には食料がいきわたるが、貧困層には食料がいきわたらないことが起こる。貧困層が困った状況になったときには、貧困層の意見を聞く場(民主主義)であり、人間の安全保障を守る取り組みが必要だろう。また、階層が固定化されないためにも、貧困層にも、基礎教育(読み、書き、計算)や生活の質の向上(社会資本の整備、医療・福祉)も必要である。それは、人間の潜在的能力の発揮による経済発展及び経済成長と生活の質の向上につながっていく。
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<br />セン教授の理論は、人間の発展、民主主義、透明性の確保なくしては飢饉の防止と阻止ができない。それらの1つでも欠ければ、貧困層の苦しみが長引いてしまう。そうなると、経済発展が止まってしまう。経済と哲学の橋渡しをしたところにノーベル経済学賞としての価値があるのかもしれない。
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<br /> 先ず、本書について、私は「★印」をさらに5つ追加したいぐらいである。それほど素晴らしい内容の講演集である。
<br /> この新書は1997年から2000年にかけて行った4本の講演論文をオリジナル編集したもので、アマルティア・セン博士の卓絶した政治=経済哲学がよく反映されており、博士の思想に初めて触れる人には最適の入門書と考える。なお、本書においても当然、「潜在能力(capability)」など博士の思索に基づく主要な概念が鏤められているが、「人間の安全保障(Human Security)」に関しては、2006年1月、同名の書(集英社新書)が出版されており、そちらの小論集で深めることが出来るだろう。
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<br /> さて本書では、例えば、市民的自由(権利、―からの自由)、政治的自由(権利、―への自由)と民主主義が人間にとって「普遍的価値(universal value)」をもつものであることを説述し(これらは他書で、厳密に論証されている)、これらの諸権利が飢饉や貧困を始め「経済的・社会的災害全般を防止する積極的な役割を担う」(本文)ことを訴えている。取り分け、民主主義の価値は「地域性がない」(同)とし、東南アジアの一部指導者などが語る権威等に偏重した「アジア的価値(asian value)」を鎧袖一触するとともに、自由や寛容の精神が決して西欧の専売特許でないことも、インド等の歴史を遡行しつつ強調するなどしている。
<br /> 加えて、セン博士の人と思想をコンパクトにまとめ上げた訳者の大石りらさんの解説が非常に良く、見事な光彩を放っているのが本書の特徴だ。
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<br /> 最後に、この講演論文は新書版で読みやすく、特に高校生や大学生には、アジア初のノーベル経済学賞受賞者(1998年度)で、現代アジア最良の知識人と言って良いセン博士の嶄然とした思想を是非感じとってもらいたいと願っている。