本書は信長を残忍な無神論者ではなく、宗教に寛容だが従来の偏狭かつ狂信的な宗教集団を徹底的に非武装化して、宗教というアヘンに日本人を取り込ませない道筋を作ったとみている。確かにその見方もあると思うかが、ではなぜ、他の戦国武将と違い、天下一統をライフワークとして斬新な手法、考え方で推進していったのか、その原動力や彼の独自性を作り上げた背景などの説明が十分とは言えず、その点で物足りなさを感じる。また、なぜ、信長が旧来の権威、天皇家を徹底的に排除しなかったかについて、このシリーズのテーマである日本人の「怨霊信仰」を理由にしているのも短絡的に感じる。
本作が扱うのはわずか15年ほどだが、その対象が日本史上最大の英雄・織田信長の上洛以降の彼の天下布武を目指した行動、彼による日本変革の構想の本質、そしてこれまた日本史上最大の事件・謎である本能寺の変であるから、面白くないはずがない。特に、この時期以降の日本人(の多く)が異なる宗教(宗派)間での血生臭い争いから解放されることになったのは、彼が戦闘的な宗教集団と徹底して戦ったからだという指摘には大賛成である。それこそがまさに信長が後世の日本人に残した最大の贈り物なのである。本能寺の変に関しては、作者は従前の説(朝廷黒幕説)を変更して秀光の単独犯説を本書では採用しているが、独断専行型のリーダーに対して典型的な日本人である秀光が耐えられなかった故の発作的な行動である、とする作者の指摘に私も賛成する。さて、多くの人にとって、もし彼が本能寺の変をサバイバルできたなら、もう少しその死が先であったら日本はどうなったかという、歴史では禁物のIfの誘惑に抗し難いことだろう。本書でも信長がもう少し長生きしたらどういう行動をとっただろうかについて触れているが、同じ作者による「信長秘録 洛陽城の栄光」「日本史の叛逆者 私説・本能寺の変」はそれぞれこのIfに焦点を合わせた興味深い読み物なので、本書と併読することをお薦めします。