著者が文壇デビューしたのは本作か。少なくとも私は本書で著者を知った(この他には本は出ていなかったように思う)。ボルジアの名は映画「第三の男」中のO.ウェルズの次のセリフで有名である。「ボルジア家の圧政はルネサンスを産んだ。それに引き換え、スイスの500年間の平和は何を産んだ ? 鳩時計に過ぎん」。このセリフでボルジアってどういう男(家)なの、という興味を持って本書を手に取った。軽い気持ちである。本書の厚さで、ルネサンスや当時のフィレンツェの様子を詳しく知ろうとするのは無理であろう。触りが分かれば充分であり、本書は充分役割を果たしていると思う。
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<br />チェーザレ・ボルジアは兄妹近親相姦や毒殺魔として有名であるが、その辺はサラリと書いてある。むしろ、ボルジア家が代々支配者として君臨する姿を"好意的"に書いてあり、ここが作品に対する好悪を分けると思う。マキアヴェッリは君主論で次のように書いている。
<br />「結果さえよければ、手段は常に正当化される」
<br />私の見たところ、著者はローマ史上、カエサルとマキアヴェッリ(特にカエサル)に親近感を持っているようなので、上記のような見方をするのは、ある意味当然かもしれない。
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<br />ルネサンス時代のフィレンツェの盟主ボルジア家の当主の姿を垣間見せてくれる貴重な作品。
あまり馴染みの無い膨大な固有名詞が出てきますが、我慢して読めば権謀術数渦巻くイタリアルネッサンス期の政治ドラマが楽しめます。
<br />服装や容姿に関する描写が多い割りにチェーザレの民政に関する記述が乏しいので作者が「民心を得ていた」とする描写に説得力を感じませんが、細かいことは歴史書を読むと割り切れば良いのではないでしょうか。
マキアヴェッリが理想的君主の例として挙げるチェーザレ・ボルジア。完全に理想的かと言われれば異論もあろうが、彼はただ搾取する支配者ではなく、統治するために存在する君主の名に値することは間違いない。マキャヴェリストというと極悪非道なイメージがあり、チェーザレは確かに残酷な面も持ち合わせているが、それは必要だからであるように思える。
<br />必要な情報を的確に適切に提示しながらも、流れるような文体、映画の場面を切り取ったように、まるでみてきたような情景描写は美しく、読み易く、何よりも愉しい。