1999年の東海村臨海事故被曝患者と医療チームの壮絶・凄絶な83日間の記録。
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<br />被爆治療の限界。延命治療はどこまで必要なのか。被爆した大内さんが意識がある内に放った言葉「おれはモルモットじゃない」。被爆直後の様子から、意識を失った後、加速度的に悪化する皮膚の状態・内蔵の状態。
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<br />医療チームスタッフのインタビューから、延命治療の是非という重すぎる問題の前に懊悩する家族・スタッフ。致死量を大きく超える放射線を浴び、「医学的」に生存の見込みはほとんどない患者なのに延命治療をする意味は?変わり果てた大内さんの姿を前にして心が揺らぐ。
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<br />放射線という現代医学の知識を遥かに超えた悪魔を前にあがき苦しむ様には一抹の虚しさを感じつつ、家族とスタッフの気持ちに通底する、大内さんの奇跡の回復にかけた愛に息が詰まる思いで読了しました。本書のもとになったNHKスペシャルを観ていないので是非再放送を望みます。
風邪をひけば医者で薬を処方してもらえるし、骨を骨折するすると整形外科で手当をしてもらえます。でも、貴方が放射線を浴びたら?現在の最新医療技術は全くの無力であり、「命が朽ちていく宿命」を受け入れざるを得ないことを本書は教えてくれます。
<br /> 放射線の大量被曝により染色体が破壊されると人体はどうなるか?我々は広島・長崎の被爆者の体験を通じ歴史的事実として経験してきたつもりでした。本書は現代医学というフィルターを通し、具体的検査値を提示することでリアルな体験を迫ります。
<br /> 放射線被曝は原子爆弾の世界という認識は大きな誤りです。日本は電気の30%強を原子力発電に頼っています。「制御出来ない可能性のある危機と隣り合わせに日常生活を送っていることを日本人は忘れてはいけない」が本書の中心メッセージと理解しました。
<br /> 本書の副主題は、失敗が確実であることが分かっていても、患者の生命を救おうと決意された前川教授(当時)、最後まで全力を尽くされた医療チームの活動と、医療チームに信頼を寄せておられるご家族の交流です。
<br /> 事実を淡々と記述していくドキュメントスタイルの文章の合間に、「献身」「信頼」「誠実」「勇気」といった現代人が忘れがちな価値が危機的な状況で実現されたことに感動を覚えました。
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単なるドキュメントではなく、ホラー。<br />ホラーより怖くて悲しい。物語は再生がテーマではなく朽ちていくことがテーマ。しかも真実。この本を読んで東海村での事故が身近な出来事だと誰でも体感できる。ステンレスのバケツを持ったのは自分だった可能性だってあるのだ。