本書の一番よい部分は、他の評者も指摘しているとおり、イギリス、ドイツ、フランス、アメリカ各国の大学の変遷を、具体的なデータを筆者なりの視点で捉えつつ、詳細かつ簡潔にまとめている点である(約180ページ)。しかも、各国の大学やその歴史を更に知るための参考文献も充実している。
<br />
<br />残りの2章、第5章「大学拡大政策の背景」と第6章「知識のディズニーランド」(合計25ページほど)で、日本も含めた5カ国の大学拡大政策とその結果としてのあるべき大学像(生涯教育も視野に入れた大学自身の多様化)について論じている。
<br />
<br />そもそも本書は、桜美林大学の大学アドミニストレーション課程の通信課程用教材として書かれたという。大学アドミニストレーションは読んで字の如く大学経営である。
<br />
<br />書名中の「危機」は不必要ではないかと思われる。とりたてて危機を述べているわけではないからだ。
1~4章まででは、英独仏米4カ国の(大学というよりも)高等教育の歴史と現制度を解説し、その特色や問題点をまとめています。各国50頁ずつ割り当てられているから、それなりに詳しい。大学史・教育史の方面の知識などほとんどない私のような読者にとっては、非常にありがたい内容です。<p> ……ところが、これ以降の章は、内容的にあまり刺激がないと思いました。<br> 第5章と第6章では、教育の「平等性」と「卓越性」をいかにして両立するかという、現在先進諸国の大学が抱える問題について検討しています。これに対する著者の解答は、要するに「生涯教育」と「変化する社会の新しいニーズへの対応」といった程度のもの。たしかにその提案は間違ってはいないかもしれませんが、内容的に平凡で、あえて読む必要があるとも思えないです。<p> ところで、第6章は「知識のディズニーランド」と付題されているのですが、ふつうはこういう言い方をされれば、「大学教育の大衆化」を批判しているのだと思うでしょう? 80年代に大学の「レジャーランド化」が批判されたように。ところがまったく逆で、この著者はそもそも「知識のディズニーランド」という言葉を肯定的に使っています。<br> 大学の中に中学・高校レベルのクラスを設け、中等レベルの教育を受けられなかった大人が通える場を提供するなどして、大学教育を多様化する。階層や年齢に関係なく、人々がそれぞれの必要に応じて学べる環境、それが「知識のディズニーランド」だそうです。これを実現すれば教育の「平等化」と「卓越性」がともに達成されると著者は考えているようですが、実に曖昧というか、実際的意義があるのかないのかよくわからん提言ですね。<p> やはり本書の価値は、1~4章にあると思います。
今まで見かけなかったことが不思議なような内容だ。各国の大学事情の違いを理解し、そこから未来の大学像を考える。<p>土地を基礎とした独立財政の大学や、個人資産による大学。そして、国庫支出による大学。<p>万人に向けて広く普及する大学や、少数の上層部への教育を理念とした大学。<p>日本において入試地獄や少子化による大学過剰などの問題があり、それへの対策が議論されているが、他国へ目を向けるとそれらの議論に出てくる未来案が長い間行なわれいる実情も見えてくる。<p>最終章で「知識のディズニーランド」として、教育の脱体制の議論が論じられている。否定的な見方で論じられがちな「知識のディズニーランド」だが、そこにある可能性は決して軽くあしらえるものではない。