イギリス人の著者が、長い間見続けてきた日本の労働環境・状況について、著者含めたさまざまな捉え方を説明し、著者なりの意見を投げかける。
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<br />年功序列と競争(成果主義)の対比、労働市場の柔軟性・流動性の与える影響、これからの社会的変化の中での労働状況のありえる変化、市場のグローバル化と資本主義の多様性などが、主なテーマである。
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<br />平易な表現で書かれているわけではなく多少とっつきにくいところもあるが、じっくり読めば理解出来、得るものは多い。
本書のタイトルから実際の仕事生活上の指針となるような哲学的な示唆を得られるのではないかと期待して読み始めたのだが、本書の内容は人文科学的であると言うより多分に社会科学的な数々の調査・研究の成果を網羅しつつ、アメリカの文化的覇権・グローバリゼーションと世界の先進工業諸国において浸透しつつある「市場個人主義」の思想との関連を、「大きな流れ」として読者に理解させることに注力している。非常に大きく重いテーマを扱っているので、新書の分量ではやや言葉足らず・解説不足の感があるのは否めないが、各国の労働立法の変化についての法学的視点、不平等の拡大に関しては著名な経済学者ポール・クルーグマンの論文を引用するなど、社会科学の知識を総動員したスケールの大きな展開は読み応えがある。しかしながら、著者の学者としての真髄は社会学的なアプローチにあるようであり、特に公正さに関する議論の中で、社会規範の変化を促した社会構造の地殻変動を説明している部分は、社会学者としての見識が披瀝されているようであって興味深かった。イギリス人のロナルド・ドーア氏は戦時中に日本語を習い、戦後は東京大学に留学して日本の農村をフィールドワークで歩き回られたようで、後に「日本の農地改革」という著作も発表しているが、「古き良き日本社会」を学問的中立の立場から知っていると思われるドーア氏の目には、日本社会および日本型資本主義の現在と行く先がどのように映っているのだろうか。
労働という問題を通じて、主に戦後から、現代にいたるまでの経済、社会思想と現実の社会を読み解く現代社会論。労働哲学や労働経済などの専門的な研究は多いが、それらを啓蒙的な形で論じた本は決して多くない。長年日本を見続けてきた著者なだけに、日本についての言及も多く、労働を通して現代社会を考えたい向きにはお勧めの一冊。<br>ただ、いかにも翻訳が読みにくく、さらにはチャプターの中の細かい区切り方なども不自然なものが多い。原著は講演などをもとにしたもののようなので、改めて書物として日本語で出版する場合、より読みやすい形で出すのは翻訳者や編集者の責任だろうと思う。できれば訳文や構成も直して再構成し、本書をより普及させてほしいものだ。<br>したがって内容のよさにもかかわらず、書物としては良い評価を与えられない。