新書にしては図説、項目、内容ともに充実、一般向けとしては必要十分な本。中学生のころ、生物の授業で「アリが巣に間違いなく帰る」ことや、「ハチの8の字ダンス」などは聞いた事があるとおもう。「太陽を手がかりにして巣まで戻るんだったんじゃなかったかな・・・」というかすかな記憶のもと、「微小脳」の研究から現在判っていることまでを本書で突きつけられて、たじろいだ。「まだまだわからないことが多い」と著者は嘆くが、正直、「こんなに研究が進んでいたのか!」と驚嘆した。少々難解な話しもあるが、生物好きで、昆虫の驚異の微小脳に興味のある方、必見。
虫には複眼と単眼がある。単眼は空と地上のバランスの確認のためにあるらしい。昆虫の脳がこんなに複雑で良くデザインされており、人類の脳とつくりが似ていることに先ず驚く。機能分化と機能の総合のそれぞれ両端の成功例といえる。そして思う。スパコンとiPODはどちらが環境に適しているのだろうか。
<br />微小脳と巨大脳のアナロジーは、人間中心主義に修正を迫る。小さな新書だけれど内容豊富な大きな本。
新書が乱立し各社がラインナップを充実させようとするあまりに玉石混交となっている新書界で、本書はさすが老舗の中公新書と感じさせる傑作だと思う。
<br />ミツバチのダンスなど昆虫がユニークな行動をとることや、領域で驚異的な能力を発揮することは既に知られているが、本書はその行動のメカニズムを脳神経の最先端の研究成果を用いて解説していく。
<br />視覚、嗅覚にはじまり、記憶力や方向感覚、個体間の情報伝達など、本書の対象領域はそれぞれが極めて複雑なメカニズムであり、従来専門家だけの領域であった。
<br />しかし、本書では興味深い昆虫の面白い現象面だけを書くのではなくそれを可能にする神経系統、更にそれが進化のプロセスでどのように獲得されてきたのかを最新の世界の研究成果を参照しつつ解き明かし、それでも一般読者がわかるように、論旨は明快で文章もわかりやすく、情報量もよく制御されている。この内容を新書にするのは読者にとっては幸運であるが、筆者は情報を編集する作業に大変手間取ったのではないかと思うが、あとがきに執筆に3年を費やしたとあって深く納得した。
<br />さらに要点を太字にするなど、途中で放り出さないための工夫が随所に見られ、著者の情熱に心打たれる。
<br />生物学の知識が全く無ければ読解は簡単ではないが、世界最先端の学者が、昆虫の微小な脳の興味深い構造と、人工知能や人間の脳を理解するヒントを丁寧に語ってくれる幸福を味わってほしい。
<br />昆虫機械が現実世界に登場する日が遠くないことを感じる、文科系の読者も楽しめる一冊。
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