『言語は万能なものではないこと、その働きは不自由であり、時には有害なものであることを、忘れてはならないのであります。』
<br /> 言語の限界を意識しながら、そうであるがゆえに、
<br />『この読本は始めから終りまで、ほとんど含蓄の一事を説いているのだと申してもよいのであります。』
<br /> と、特に文学作品における、言葉に表さない部分の重要性を説く。
<br /> 思っていた以上に、理論的な書物。
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本書が執筆されたのは昭和初期だそうだが、やはり隔世の感は否めない。文章にはある意味、時代の産物としての側面があると思うが、そこを割り引いても一読の価値はあるだろう。曰く、「文章は口に出して読むのが基本」。谷崎氏も自分の書いた文章を音読し、つかえるような箇所があれば直しを入れていたという。また文例として過去の古典が頻繁に引用されるが、文章書きというのは一体どの時代まで遡って読書をすればいいのかと考えさせられた。漢文の模倣から日本の文学がスタートしたのなら、その影響も考慮に入れざるを得なくなる。その模倣から脱して、仮名交じりの日記文学が誕生する。現在、日本人として文章を書く人間はやはりその後裔ということになるのだろうか。その自覚なくして日本語は成り立ち得ないと谷崎氏は主張しているようにも思えた。
最近こういレトロな表紙がなくなり寂しくなりました。こういうなんとか草紙みたいな表紙の本が読みたいです。中身はじっくり読んでみると、谷崎がどんなに近代日本語の退廃を憂えていたかという事がよくわかります。そして、谷崎は詰まるところ、理論より実践の人であった。という事も。いろいろ貴重なアドヴァイスがありますが、これを教科書に日本語の授業をするのはちょっと難しいです。大体教室の日本語は網羅的ですから、文学的または文芸的な日本語ばかり教えていられません。
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<br />なんというか師匠が弟子に秘伝を伝えた本とでも申しましょうか?しかし面白い良い本です。