1980年に山と渓谷社から出た単行本の文庫化。
<br /> 稀代のクライマーであった森田勝の生涯をドキュメンタリー風に描いた一冊。森田の特異な性格がすごい迫力で描かれており、圧倒された。
<br /> 森田は子どものような男だった。自分の好きなものにはのめり込んでいくが、嫌いなものはすぐに放り出してしまう。他人への気遣いなどは微塵もなく、自分の思い通りに行かないとすぐに拗ねてしまう。そうした性格は時に素晴らしい登山家を生み出す。しかし、やはり超一流にはなれないのだ。森田も栄光を掴むことは出来ず、悲劇の死を迎える。
<br /> 人間ドラマとしての傑作だと思う。
<br /> とはいえ、身近に森田のような男がいたら、とても耐えられないだろう。
森田勝は、我が身の不遇に対する怒りをぶつけるため、情熱の全てを山に賭ける。<br>その執念は、恐ろしいほど激しい。特に、「谷川岳滝沢第三スラブの積雪期初登攀」神話はすさまじい。<br>金銭的理由で山岳会の海外遠征に同行できない悔しさを晴らすために、登り尽くされた谷川岳のバリエーションルートの中から誰も見向きもしない危険だけのルートで初登攀を為す。<p>山以外での社会生活は困窮を極め、何人かの友人(ザイルパートナー)も去っていく。<br>それでも、着実に努力し続け登山家としての地位を築いてゆくが、彼の後世は不運続きだった。<br>1 初めての海外遠征では一冬に三大北壁(アイガー、マッターホルン、グランドジョラス)を一機に登ろうと試みるが、最初のアイガーで隊員の怪我のため敗退<br>2 第二次RCCエベレスト登山隊に選抜され、秋季南壁ルート登頂を狙うも、悪天候による隊の方針変更で敗退<br>3 K2では1次アタック隊の人選に漏れ、個人的感情から勝手に下山してしまうという、規律違反を犯してしまう。<br>4 そして、長谷川恒男を意識し続けたグランドジョラスである。<br>彼の三大北壁登攀の動向に刺激され、彼より先のグランドジョラス初登を狙うが、瀕死の重症を負い敗退する。<br>そして、あきらめきれずに自身のため翌年再挑戦するも、遂に命を落とすのである。<p>激しく彼を突き動かしていた山への執念は、常人の想像を超えたものである。<br>夢枕獏著「神々の山嶺」の羽生は、森田がモデルであろう。<br>森田の人間臭さ、執念に、現代人の忘れ去った何かを感じさせられる。
森田勝こそ夢枕獏の「神々の山嶺」に登場する「羽生」その人だ。最後に命を散らした山こそ違うもののクライマーとしての足跡はほぼ一致する。<p>ただし、実物の森田勝はもっともっと痛々しいくらい自分の夢に正直に向き合った人だったのではなかったのか。我々「社会」人にとって何時の間にか常識となっている様々な「妥協」とは正反対にいた森田の生き方はそれゆえに周囲との様々な衝突を招いている。しかしその精神のなんと純粋なことか。胸が痛くなり心が洗われる一冊。