仕事関連
|
▼お仕事のご依頼
執筆、取材、講演のお問い合わせはこちらからお願いします。
▼広告のご依頼
MM-Labo.com内への広告のご希望はこちらからお願いします。
|
| 世界は村上春樹をどう読むか
(
柴田 元幸
藤井 省三
沼野 充義
四方田 犬彦
国際交流基金
)
村上春樹の作品は、世界40カ国くらいで翻訳されている。『ノルウェイの森』はドイツで10万部以上売れた。韓国には春樹世代っていう人たちがいる。ウォン・カーウァイの映画が村上春樹っぽいのは気のせいではない。
<br />
<br />これって、何でなんだろう?という素朴な疑問からスタートして、世界中の村上春樹作品翻訳者、研究者が集められて日本でシンポジウムが開かれた(聴講したかった。。。)。本書は、主催者たちが編んだその記録である。
<br />
<br />日本が村上春樹をどう読むかということもまだあまり固まっていないわけで、今後どうやって評価が固まっていくのか(あるいは揺れ動いていくのか)というのも、興味深い問いではあるが、ところで世界はどうなの、って考えてみるのは面白いし、新鮮である。それに、そもそもそういう問いが成立する現役作家というのは、世界でたぶん10人くらいしかいないのではないだろうか。売れている作家はたくさんいるけど。誰も「世界はダン・ブラウンをどう読むか」という問いは立てない。
<br />
<br />村上春樹の作品というのはいろいろな読みに開かれている。不思議なことに、世界中の人が作品を読んで感動することができる。たとえば、モンゴル人は『羊をめぐる冒険』を読んで、自分たちだけがこの作品の真価を理解できる、と言ったらしい(羊が友達だからね)。
<br />
<br />本書でも触れられているけれども、村上春樹の作品の主題のひとつは、他者を理解することの絶望的なまでの不可能性である。一緒に住んでいる妻が、猫が、またあるときは恋人が、親友が、急に失踪する。理由なんかはぜんぜんわからない。理解不能である。そして、ここがおもしろいと思うのだけど、他者を理解することが絶望的なまでに不可能である、というような主題を持つ作品群が、世界中で理解されているのである。
<br />
<br />みんな隣にいる人のことが実はよく分からない。けど知りたい。そういう人たちでこの世界はできていて、そういう世界だから、冒頭に書いたような現象が起こっているのかもしれない。
|