この年にして、藤沢周平デビューである。別に時代小説が嫌いなわけではなく、むしろ好きな部類に入る。池波正太郎・吉川英治など大好きである。ただ、藤沢周平に関してはなんとなく読む機会がなかった。ただそれだけのことである。
<br />そして、蝉しぐれである。
<br />さわやかで清涼感にあふれているのだが、一番印象深かったのは「深いなぁ」ということだった。とにかく、書かない。これでもかというほど、行間を読むことを要求してくる。もともと新聞小説だから、読者の興味を翌日まで引かねばならないこととも無関係ではないだろう。
<br />こんなに、読者にゆだねていいのかと思うほどである。
<br />安っぽい恋愛小説ばかり読んでいる人にぜひ読んでもらいたい極上の一品である。
初めて藤沢作品に触れた.この作品,主人公の文四郎の青春を等身大で描いた小説で,父の死,母への気持ち,恋,親友との友情,剣,といったいくつもの場面を,文四郎が感受性豊に行動的に生きていく様が描かれている.そして幼馴染の初恋の人を救い,後年再会し,想いを確かめ合う.電車の中で,涙ぐみそうだった.自分に対して素直な主人公の生き方に共感できる.文章も,なんとも言えない描写の妙があり,読むことを楽しく嬉しくさせてくれる.この歳(30台後半)だからこその感動かもしれないが,良い作品に出会えた感が強い.
地方藩の下級武士「文四郎」の物語。藤沢周平の代表作であり、映像化もされた。
<br /> 読み返して出色なのは、父の遺骸を引き取るシーンである。狐につままれた思いで待つ城内での光景。腑に落ちない藩の処分により切腹した父の遺骸を、大八車で引いて帰る途方もない重さ。それは過酷な現実の重さだ。悲しむ暇もなく、物質と化した父の体を引いてゆく姿を丹念に描き、無念の思いを血肉化している。
<br /> 友情の描き方がいい。初恋の描写もいい。秘剣をからめた剣戟シーンもいい。藩の権力争いも面白い。新聞連載だけに、テンポがいい。
<br /> ただ一点、文四郎の妻だけは、いかにも江戸時代男尊女卑使い捨てキャラクターでかわいそうだ。しかたないけど。