8つの物語でそれぞれの秘剣を操るのは、日頃は影も薄い冴えない下級武士。とても秘剣の伝承者とは思えないような男達がお家の一大事、お上の命を受けやむを得ず隠剣を使う。それも一瞬のうちに。その剣のために命を落とす者もいる。
<br />なにゆえ、この男達は貧しい暮らしの中で秘剣のことをひた隠し、毎日額に汗し泥にまみれ、手のひらのような小さい幸せの中に生きながら、ひとたび命を受ければ、その全てを捨ててまで剣を使うのか。日頃思い描く武士や侍とは少しちがう男達である。しかし、いずれの使い手もまちがいなく男の生き様である。
<br />この作品は、これまでの藤沢周平の作品の中では、こころなしか主人公の周囲の女達の恋慕や情、欲といったものが色濃く描かれている。それが余計に男たちの潔さを引き立てている。
<br />藤沢周平の描く時代劇は、無情さと切なさの中に不思議とさわやかな清涼感がある。
藤沢周平ファンとしては、たそがれ清兵衛に続き、鬼の爪が映画化されるのは嬉しい限りです。<br>本シリーズは主人公、またはそれに準じる者が秘剣を持っており、それを人生の節目で使います。しかしながら、その響きとは異なり、秘剣を使うことは必ずしも華々しいものではなありません。やむにやまれず使うこともあるし、最後に一矢報いるために使うなど。<br>主人公が派手な人間ではなく、地味な人が多く、剣が強いというのもそれほど大したメリットではないような社会で生きています。個人的には必死剣鳥刺し 女人剣さざ波の二つが非常に好きです。
大好きな藤沢さんの、時代小説短編集。<br>各編に「秘剣」とされる剣技名のタイトルをあてていて、それぞれの主人公にぴったりとはまっています。<br>共感できるのは、主人公たちが皆、サムライ然としているわけでなく、普通の男に見えるところかもしれない。臆病でだらしなく、浮気者で偏屈。昔伝授された秘剣を忘れ去ってしまった者だっている。だけど、ここぞというときの、彼らの行動やキラリと光る剣裁きに、スカッとしたここちよい風を感じる。<br>どんなに時が経っても、なにかの事情で落ちぶれていても、かつて秘剣を学び使いこなした彼らが、ひとつの信念をつらぬき、それぞれの敵を倒していくストーリーは時代小説好きでなくとも楽しめます。<br>