獣医学部の学生には当然のことも、人体しか対象にしない医(歯)学部の学生には、目からウロコの知識である。日々の臨床や、解剖学の試験(同定とか)には全く役立たない(いや、役立つところもあるけど‥)内容だが、脊椎動物の成立にかかわる諸々の重要事項を教えてくれる本。とても面白く読めた。文章も味がある。出会えてよかったと思える本。
脳容積が、1400cc、脳化指数0.866と他の動物とは、圧倒的な差がある人の頭脳。それを駆使して地球に君臨している人間種族。しかし自分が進化の失敗作だと気づくほどに、ある意味で進化の袋小路に入ってしまった人間。ここまでに至る発達は直線経路ではなく、手持ちの部材を使って、そのつど付けたり剥がしたり、接続角度をかえたり、小さくしたり大きくしたり、進化の目標に向かって戦略的な発達をしてきた各動物種族。
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<br />その各動物の設計変更過程を明らかにする熱血教授の話は何しろ面白い。動物の死体を自分の手で解剖し骨や内臓を自分の目で確認し進化を研究している人だけに説得力があります。フムそうなんだと呟きながら楽しく読んでしまいました。その進化の動きの戦略的な複雑さは、以前読んだ遺伝学レベルでの複雑系にも、対応しているようで、すごく興味を惹かれました。
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<br />著者の学問のように、息の長い研究が必要で、実用に直接結びつかない研究は、昨今のお役所関係の補助金では、査定の対象にもされていないらしい。基礎学問が軽視されている現代日本は悲しいですね。でも著者は、めげずに動物遺体研究の重要性を市民に働きかける運動もしているそうです。頑張って下さいと応援したい思いになります。
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改装後上野の科学博物館を訪れた人は誰でも動物たちの剥製が迫ってくるフロアの展示に圧倒されるだろう。このプロジェクトを推進したのが遠藤さん。動物の解剖を年に何百体も行い、この本を含めて沢山の面白くて分かりやすい本を書き、海外へも(エコノミーで)出かけ、普段は動物解剖のシミュレーションを頭の中でやっている・・・。
<br />高校の生物部以来動物の解剖なんか見たこともやったこともない私だが、ご飯のおかずの秋刀魚の塩焼きを材料に進化論を考える、といったリーダー・フレンドリーな語り口は本書でますます冴えている。
<br />動物の体の造りを現物で見てきたことを踏まえると精巧な人体は進化の突き当たりに達しており人類はどうやら失敗作のようだ。神が創造した最高の人体というイデオロギーとのコントラストには瞠目するしかない。進化論嫌いの米国政府がインテリジェント・デザイン説なんかに肩入れする昨今、本書のような一線級の学者による一般向けの好著は重要性を高めている・・・というよりとにかく面白い本。