本書を書店で手にしたとき題名から受ける印象がマネーロンダリング実行の手引書であるかのようであったため目を疑ったが、インパクトという意味では著者の目論見は大成功であっただろう。実際に読み進めてみると、著者の金融の現場に関する深い知識、洞察力とともに、ノンフィクションとしての裏付調査も念入りにおこなったことも容易に推し知ることができ、小説家としての構成力もあいまって非常に読み応えのある内容に仕上がっている。特にスイフト(SWIFT)およびコルレス銀行ネットワークによる海外送金の仕組みと資産凍結による当局規制の効果を本書でわずかながらも解説してくれたことは、類書が少ない中で嬉しいことであった。「金融の国際化とは資金が国境を越えて移動することではない。金融データが、ボーダーレスに高速処理されることなのである。」金融機関の信用創造活動(融資など)によって作り出される預金通貨は、物理的実体(紙幣・硬貨)のある現金通貨とは異なり、それ自体金融機関の負債勘定の一科目に残高として計上される「財務情報」に過ぎず物理的実体を伴わない。国際的な資金移動もつまるところ国内と同様に、SWIFTのような金融メッセージングネットワークや各国の決済システムによって各国中央銀行および各金融機関を結びつけた「情報ネットワーク」であり、このネットワークにおける情報のやりとりの結果が、複式簿記会計の原理に則り預金通貨の増減(=口座の入出金)として経理されているに過ぎないのである。物理的実体の移動を伴わない情報だけの移動はその本質において「ボーダーレス」であるが、たとえ物理的実体を伴わなくとも預金通貨はその残高によって示されるだけの「価値」を有する。本書のテーマはマネーロンダリングの実態を解明して紹介することだが、国際金融の本質についての思索を深めるためにもよい材料を提供してくれている。
第一弾のグループに入っているのが本書で、著者である橘玲さんが僕の好きな作家の一人であることに加え、マネックスの松本大さんが「面白そうだから買った」旨メルマガで述べていたのでさっそく買ってみた。「あなたにもできる」というのが帯にあるキャッチフレーズだが、金融素人の人間が読んでみて、たしかに「へぇ、こんなに簡単にできるものなんだ」という印象を持った。
<br />
<br />特に新鮮だったのが、世界のドル取引がどのように行われているかというくだり。「コレスポンデント銀行」と「コルレス口座」という概念があるらしいのだが、日本では三菱東京UFJ銀行が代表的なコレスポンデント銀行、アメリカではシティバンクなどが代表的なコレスポンデント銀行らしい。たとえば僕が三井住友銀行でドル預金をした場合、東京の三菱東京UFJ銀行にある三井住友銀行のコルレス口座からシティバンクのコルレス口座に円が振り替えられ、同時に、ニューヨークにあるシティバンクのコルレス口座から三井住友銀行のコルレス口座にドル預金した分のドルが振り替えれる仕組みになっているらしく、すなわち、実態として円紙幣は東京の三菱東京UFJ銀行から動かないし、ドル紙幣もニューヨークのシティバンクから動かないとのこと。したがって、アメリカがマカオにある銀行の北朝鮮のドル預金口座を凍結すると言えば、中国の意向など関係なく、簡単に凍結できてしまうのは、裏にこのようなからくりがあるとのことなのである。なかなかいい勉強になった。
カシオの資金流出事件の真相が詳述されており、あまり真相がはっきりしなかった同事件の全貌を描いた点が画期的。豊富な裁判資料を丹念に読み込み、詐欺師を詐欺師が食い合うという国際的な詐欺の裏側を描いている。このほか五菱会事件やライブドア事件についてもきちんと取材がなされている。
<br />同じ五菱会事件を扱った読売新聞記者による「マネーロンダリング」と比べると、本書のほうが精緻さと目配せの点では、はっきり言って上。本職ジャーナリストより取材力があるといえよう。
<br />ただし惜しむらくは「第4章」部分がすでに先行して公刊されている他の書物の受け売り・孫引きである点だ。