1961年に文芸春秋新社から出た単行本の復刊。
<br /> 放浪画家として著名な山下清が、1961年にヨーロッパを周遊したときの日記。保護者だった式場先生に連れられ、ドイツ、スウェーデン、オランダ、イギリス、フランスを観光している。旅のあいまに記した日記を、式場の弟が手を入れてまとめたのが本書。
<br /> 山下清による旅のスケッチも20枚あまりが収録されている。これもなかなか。しかし、本書を傑作としているのは、日記の部分。独特の感性でもってヨーロッパを眺めており、「こんな見方もあったのか」と、はっとさせられる箇所が次々とあらわれる。衝撃的。
<br /> また、素朴なものながら、内心の吐露が正直で飾らず、心が洗われるよう。先生との関係も微笑ましい。
<br /> 山下清のイメージが一新された。
精薄(IQ=70-80)の天才点描画家山下清(1922-71)が60年代初めに精神科医式場隆三郎に連れられて見た欧州諸国。名誉欲も出世欲も色欲も金銭欲もまったくない人間、他人による束縛を嫌い、義理や人情もわからず、ただ自由な旅を欲する人間、絵の才能がなければただの浮浪者として人生を終えたかも知れない人間。こういう人間の目に映るヨーローッパとは何か。ごまかしのない、ストレートな記述(挿入スケッチ多数)はあくせく生きる現代人を生の原点へ回帰させる。<br> ”先生が「外む省へいくと、君はなんのためにヨーローッパへいきたいのか、ときかれるが、お前はなんと答えるか」というので「絵をかくためと、めずらしいところを見物するのが目的です。そのほかになん百万人のなかには、立小便をしたり、裸になったりする人間もいるかも知れないから、そんなのをみられたら面白いと思います。一番みたいのは、ヨーロッパのルンペンです」というと「あとの方はいわなくていい、はじめの方だけにしておけ」といわれたので、人間は正直にいっていい場合と悪い場合があるので、外む省では、半分だけ正直に答えて、あとの半分はだまっていることにした。”(13ページ)<br> 独自ののシンプルライフは49才で死ぬまで変わらない。「日本ぶらりぶらり」(筑摩文庫)、有名になる以前の放浪生活を記した「裸の大将放浪記」(全4巻、ノーベル書房、絶版中)なども珍しい人間の書いた珍しい人生の記録。山下清の本は、世に氾濫するまやかしのぺップトークにうんざりしている人にとって、癒しの泉的効能あり。<br>
何もかもがいやになって、投げ出したくなったとき、逃げ出したくなったとき、<br>この本をそっと開いてみるといいかもしれません。<p>「先生、ヨーロッパを旅行するのに、ぼくは窓ぎわにすわるのが好きですが、<br>すわるのに順番があって、運のいい人が窓ぎわにすわるのですか。<p>先生はいま窓ぎわにすわっていて、ぼくが窓ぎわでないところにすわっているのは、先生の運がよくて、ぼくの運がわるいせいですか」<p>などなど。<br>ところどころに、人生の本質が感じられるような、そんなやさしい本です。