アメリカ軍兵士を対象にした調査によると、第二次世界大戦で、敵が目前に迫りながらも発砲した兵士は10〜15パーセントだけだった。兵士100人のうち、85〜90人は敵に撃たれるかもしれない状況にあっても発砲しなかった。人を殺すということは、実は、それほど難しい――
<br />「戦争になれば、兵士は敵を殺す」という先入観を、本書はあっさりとくつがえす。そして、「人を殺す人間を、どうやって作り上げるか」という米軍の第二次世界大戦後の取り組みを紹介し、ベトナム戦争での「成果」と「後遺症」を検証する。
<br />国家によって殺人マシーンに改造され、ベトナムの戦場に送り込まれた青年達――軍隊では上官からボロカスに扱われ、戦場では敵から剥き出しの憎悪を浴びせられ、帰国後は国民から嘲笑と軽蔑を投げつけられる――これではたまらない。
<br />「良心に反する行為を、命令によって無理強いさせれることが兵士にとって最も辛い」−確かにそうだろうと思う。
戦争を賛成するにしろ批判するにしろ、戦争についての知識がなければ説得力に欠ける、と思う。
<br />戦争の現実を最もよく理解しているのはやはり実際に戦っている兵士なのだろうが、普通の人はそんな体験をすることはないし、またしたくもない。でもこの本を読めば、少しでも兵隊の気持ちがわかるかもしれない。
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<br />この本の著者は、実際に軍隊にいて、今は陸軍の教官をしている。そしてこの本は、陸軍学校の教科書になっているとのこと。
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<br />戦場で敵に出くわせば、誰でもすぐに殺せる、というわけではないらしい。
<br />なぜなら、人間は本来同種を殺すことにものすごい抵抗感を持っているから。
<br />南北戦争のゲティスバーグの戦いの後、戦場でマスケット銃が多数回収されたが、そのうちほとんどに、弾丸が三発以上込められていたという。
<br />当時の銃は、一発詰めて、打って、また詰めなければならない。なのに、23発詰められていた銃もあったらしい。これがどういうことを意味するのか??
<br />当時の兵士のほとんどは、敵(自分を殺そうとしている敵!!)に向かって、引き金を引くことができなかったのである。
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<br />第二次大戦においても、発砲率は15%。
<br />朝鮮戦争では55%に上がり、ベトナム戦争では90%に上がる。
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<br />アメリカ陸軍がどのようにして発砲率を上げたのか、この本を読めばわかる。
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<br />間違ってもこの本は戦争に賛成しているわけでも、人殺しを賞賛しているわけでもない。
<br />著者はマッカーサーの言葉を引いている。
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<br />「兵士ほど平和を祈る者はほかにいない。なぜなら、戦争の傷を最も深く身に受け、その傷跡を耐え忍ばねばらないのは兵士達だから。」
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戦闘で人を殺すということが実際にどういうことなのかを多角的に研究した、他に類を見ない貴重な本。
<br />著者はアメリカの軍人で、本人に実戦経験はないものの、十分な聞き取り調査や客観的なデータを提示することで非常に説得力のある説明がなされている。
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<br />この説明によると、ほとんどの人にとって、本来他人を殺すことは生理的にどうしても避けたいことで、一番進んだ人殺しの訓練法は、心理学でいう「条件付け」(例:人の形を見たら撃つ、人の形を見たら撃つ…これを繰り返す)なのだそうだ。これによって「人を殺す」ことの心理的な抵抗を無くすのである。
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<br />この端的な説明は、戦争という「異常な状況」を単なる手続きに変えてしまうことを、あまりにも見事に説明しており、ある意味で現代の戦争の本質とも言える部分だと思う。また、この認識を踏まえずには、現代の手続化された戦争を理解するのに困難をきたしてしまうかもしれない。
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<br />例えば、1993年のソマリアでアメリカ軍とアイディード将軍の民兵が戦ったとき、アメリカ軍の犠牲者が19人であったのに対し、ソマリア人の犠牲者はなんと1000人以上に上ったという。もちろん装備・兵器の違いや組織としての連携度の違いなどもあるだろうが、最も大きかったのはこの「条件付け」ではないだろうか。
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<br />日本に住む私たちは、(今のところ)こうした戦闘に巻き込まれることはないが、現代の軍隊がこうした「人殺しを条件づけられた」組織だということを知っておくのは、現在の世界を知る上で有意義なことだと思う。
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<br />映画や小説などのフィクションで飾られた戦闘ではない、真実の戦闘を垣間みられるという意味で、強くオススメできる本である。