梨木さんの文章は、いつもしんとした水面のようだと思います。
<br />テンポよくさらさらとは流せない。
<br />このエッセイを読んでつくづく思ったのですが、とても上質な翻訳文のように感じるのです。
<br />思考したことをことばにするときに、たくさんの語彙の中から選り分けているのでしょう。
<br />そのために、いつの間にか真剣に向き合い、
<br />ことばを咀嚼して自分の中に染み込ませようとしてしまいます。
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<br />明らかに「静」のひとだとばかり思っていた彼女が、
<br />カヤックという大きな「動」の趣味を持っていることに驚きました。
<br />自然へのまなざしや対峙の仕方は、作品によく表れていると感じることが多く、
<br />やはり日々の生活の中から生まれて来る感覚やことばたちなのだと思いました。
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<br />ほんとうはこんな慌ただしい時期に読んじゃいけない文章です。
<br />ひとりになって、沈思黙考したくなりますから。
2005年9月〜2006年2月にわたってWebちくまに連載されたエッセー「水辺にて」に、書き下ろしのエッセーを加えた一冊。≪水辺の遊びに、こんなにも心惹かれてしまうのは、これは絶対、アーサー・ランサムのせいだ――長いこと、そう思い続けてきた。≫の文章から滑り出して行きます。
<br /> 静かな、透明感のある文章。北の辺境の国から届いた絵葉書を読んでいくような感じで、頁をめくっていきました。時々ふっと、英国の作曲家ヴォーン・ウィリアムズの音楽を思い浮かべました。
<br /> 太陽系の境界を今しも抜けようとしているだろう宇宙船ボイジャー1号のこと。スコットランドはロッホ・ローモンドの辺り、美しい幻のように素敵だったマナーハウスの光景のことなど・・・・・。
<br /> とりわけ印象に深く残ったのが、「発信、受信。この藪を抜けて」の文章でした。≪ひたすら発信し続ける孤独なクジラ≫のことから、ある写真家のカヤックにまつわる話へと流れ下り、そこから冒頭のスペース・デブリ(宇宙塵、宇宙のゴミ)へと一回転して戻ってくるエッセー。心にひたひたと満ちてくる味わいが素晴らしかった。しんとした胸に、かーんと響くものがありました。
<br /> また、カヤックの写真が魅力的なカバーの装丁。本書の中に登場する星野道夫さんの一冊『森と氷河と鯨』(世界文化社)の中の写真を彷彿させるもの。素敵だと思いました。