・ 日銀の金融政策とその理論的背景、その効果の実証分析結果が説明されている。時間軸は、国債利回りと銀行債のリスク・プレミアムに影響を及ぼした、との結論。
<br />・ 既に量的金融緩和政策もゼロ金利政策も解除されたが、次の利上げ時期は不透明であり、出版されて約1年たったこの本は、まだ日銀の今後の政策を予想するために、ある程度参考になる。但し、日銀が、経済成長の見通し(日本以外の米国なども含めて)、消費者物価指数の見通し、GDPギャップ、地価、設備稼働率など各種の材料のうち、何を、「今」、「どの程度」重視しているのかについての明確な解説はないので、過大な期待はしないように(守秘義務もあろうし、その時々によって違うとの事情はわかる。Fedも明らかにしていないので、やむをえないと思うが、ヒントぐらいは欲しい)。
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<br />・ 全体としては概ね賛同できる内容だが、気になる表現が1ヶ所ある。(P.18)「1982年ごろから1997年までこの指数(消費者物価指数を指す)のインフレ率はおおむね0%から3%の範囲にとどまっており、常識的な意味ではこの間日本銀行が物価の安定をほぼ完璧に達成してきたことがわかる」との部分である。その後のデフレ傾向は日銀だけの責任ではないが、この文章は日銀の失敗を成功に結びつける詭弁である。もし、日銀が物価上昇率を「適正な水準に」コントロールできるのなら、とっくの昔にコア消費者物価指数は前年比でプラスに転じ、日銀は「その望み通り」、ゼロ金利政策を「容易に」解除できたはずである。
本文にしておよそ200ページというコンパクトな本ではあるが、中身は決して薄くない。名目金利がゼロ(これは現実的にとりうる下限の値)に近い状況で日銀が何をできたか、そして何をしてきたかというテーマに沿って、日本経済そして日銀の金融政策を振り返り、学界における政策提言と実際に採られた政策の比較、そして政策効果の実証分析までもカバーしている。その意味で、本書はそのタイトル通り「(日銀と)ゼロ金利との闘い」についての良いまとめとなっている。
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<br />残念なのは、回顧録的な要素が無いところである。就任当時のボードで唯一の学界から就任した審議委員として、委員会における「闘い」もあっただろうと推測される。その最たる例であろう、2000年におけるゼロ金利解除‐植田・中原伸之審議委員(当時)のみが反対したと考えられている‐は、本書においてはさらりと解除の事実が述べられるだけである。おそらく守秘義務の制約もあるのだろうが、「(著者と)ゼロ金利との闘い」についても読んでみたかった。
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<br />同じテーマについての、ジャーナリストによる傑作として、藤井良広「縛られた金融政策」がある。こちらも是非読まれたい。
本書はゼロ金利下での金融政策を特に時間軸政策に重点を置いて解説した本である。時間軸政策とはゼロ金利の状態が今後しばらく続くであろうことを市場に信用させることによってゼロ金利下でも更なる金融緩和効果をもたらすことを可能とする政策である。先日解除された量的緩和政策はその代表的なものである。
<br /> 筆者は元日銀審議委員であり、そういった経験を踏まえ、量的緩和政策の効果について現実的に議論している。分析については非常に専門的なところもあるが、基本的にシンプルな議論が行われているためわかりやすい。また、量的緩和政策に至る経緯や学会などからの政策提言、日銀が量的緩和政策以外にとりえた選択肢などを総合的に扱っている点も魅力である。
<br /> 本書は「失われた十年」と呼ばれる不況がなぜ起こり、そこから日本がどのように脱しつつあるかを元日銀審議委員という視点からコンパクトにまとめた良書であるといえるだろう。量的緩和政策の効果については議論がわかれるだろうし、筆者は今後の展望についてはあまり多くを論じていないなどという不満もあるが、これまでの金融政策とこれからの金融政策を考える上で本書は必読の書であることは間違いない。