社会科学の各専門分野に限定して歴史を紐解く書籍は数多くありますが、
<br />何れも分野を限定していることから説明が過度に単純化される傾向があります。
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<br />しかし本書は、
<br />政治(私有財産権の確立等の法律の重要性や司法・立法・行政の分立の重要性など)、
<br />文化(科学的合理主義の重要性や宗教的寛容の重要性など)、
<br />経済(資本市場の重要性やロジスティクスの重要性など)、
<br />さらには人の心理(マズローの欲求段階説の取り込みなど)、
<br />といった多岐にわたる分野にわたって綿密な統計処理を踏まえたうえで、
<br />近代・現代文明の成長と発展の鍵をそれらの相互作用の賜物であることを立証しています。
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<br />本書の内容そのものについては、各方面からの異論がでそうなものですが、
<br />立証するために使用した情報の多さから、適切に反論することは容易ではないと思わされます。
<br />一方で、本書の展開そのものが科学的合理主義を踏襲しており、
<br />適切な情報の入手・分析による反証可能性を用意していますので、
<br />新情報の発見や更なる分析によって、より洗練されていく余地があるものとなっています。
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<br />なお、本書と同水準の以下の書籍を併せて読まれると更に理解が深まると思います。
<br />ポール・ケネディ「大国の興亡」
<br />マイケル・クック「世界文明一万年の歴史」
<br />アルジュン・アパデュライ「さまよえる近代」
<br />ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」
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これはすごい本。古典古代から今日に至るまでの経済成長の歴史およびその要因と、地球上の各国・各文化圏における経済成長の遅速発生の理由−経済成長に関する歴史的および地理的事象をこの1冊で展望しようという野心作なのです。
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<br /> 著者は、第1部で成長のきっかけを次の4要素にまとめます。(1)私有財産制の確立(2)科学的合理主義の定着(3)安定した資本市場の形成(4)通信・輸送インフラの整備。それぞれに1章ずつ当てまずイギリス・オランダにそれらが根付いていくところの記述は、各章がそれだけで法制、科学、投資、技術等に関する立派な小史といってもよい位の内容が。そして第2部では、西欧諸国、日本、イスラム圏等で4要素の形成がなぜある国では早く根付きまたある国では遅れたのか/現代に至るまで形成が至難なのかを見てゆきます。第3部は現状と将来展望に当てられています。
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<br /> 以上の歴史的知識を縦の糸とするなら、横糸は正確・豊富な経済学・社会学的知識と統計尊重の姿勢といえるでしょう。特に第10章であげられているマズローの欲求段階と経済的豊かさ、さらに民主主義の定着ぶりの相関関係そして因果関係(豊かさ→欲求内容の高度化→民主制の導入の順に進んでゆく)が統計で把握されている事実に感銘を受けました。そのうえでイラク・アフガン・カンボジアなどにおいていきなり民主選挙や土地分配などを強行するよりも、まず地道に4要素を育成する方が先であることを説いている点は説得力があります。
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<br /> 通読しての感想は、経済成長の4要素は、その国民の主観的努力というよりも何世紀もの蓄積に基づく歴史的偶然によるものであること、そうであるが故にどの国でもどの文化圏でも長期的には移植可能なものであろうということです。著者は、英・蘭のように先駆けとなった国々ではいざ知らず、その後キャッチアップした国々(独、日、東アジア諸国etc.)では意識的にかつ先行する国々よりも素早く4要素を物にしていったことに注意を向けます。そして、4要素は経済成長を志向する場合、最早なくてはならぬ「レシピ」である、として筆を置くのです。
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<br /> 少し分厚いですが知的好奇心を満足させてくれること疑いなしです。おすすめ。