著者と三人の対談をメインに、「考え方」について幅広い視点から紐解いた一冊。
<br />
<br /> 将棋を対談のキーワードにしながらも、スポーツ心理学や人工知能に話が及び、著者の博識と人間としての成熟度を読み取る事が出来る。「天才とは99%の汗と1%のひらめき」という言葉が彼に当てはまるのだと再認識した。
<br />
<br /> この本の本題である「単純に考える」事とは、経験を通じて脳の中にバイパスを作り、伝達経路を簡素化する事だと読み解ける。その為には、著者が将棋を極めた栄光の陰で行われたであろう地道な努力が求められるのではないだろうか。
スポーツ分野ふたり、研究分野ひとりとの対談である。<br> 前者と後者で話題になっている内容がまったくちがうが、前半ではいわゆることばを用いない身体的な思考、いいかえれば右脳的な知、右脳的な思考が問題にされているのに対し、後半では徹底して左脳的なロジカルな思考のありかたが問題にされている。それはいみじくも金出先生が「わたしにとっては左脳でも右脳でもあまり関係ない」と、人間の生理学的な思考パターンを問題にしない発言をしていることにあらわれている。<br> 現時点では、「単純化する」「省略する」という技法を人間が有効に用いているために、余計な計算を省いて妥当性のある答えを即座に出すことにすぐれているが、将来的には人間の思考の技法に加えてしらみつぶし的思考を併用することで、コンピュータの思考も人間並みに進化してゆくことが示されており、大変興味深かった。
羽生氏の最新著「決断力」を読んでから、この本を手にとりました。「決断力」のエッセンスは、この対談集がベースになっていると思えました。当然ながら内容的には重複するところがありますが、「決断力」を書くに至るまでの過程(プロセス)がここに現れているんだな、と思って興味深く読みました。対談集なので肩の力を抜いて読めます。前知識がなくても大丈夫でしょう。(将棋のことを知っている方が、より興味深く読めることは確かですが)<p>こうして対談集を読み終えると、「創造力」に関して色んな表現方法があるものだ、と改めて感心します(ネタばれにならないように、本書の内容はここでは触れませんが)。ノーベル化学賞の田中さんの言葉を借りれば「常識をわきまえて、常識にとらわれない」というバランス感覚が重要なのです。寺田寅彦曰く「科学者は頭が悪いと同時に頭が良くないといけない」ということでもあります。当たり前に見えることを、当たり前のこととして簡単に済ますのでなく、「何故当たり前なんだろう?」と振り返る過程が、一見無駄なように見えて、実は重要なプロセスなのです。答えに至るまでの思考過程を自分なりにフォロー出来る力を養うこと、そしてそのような経験を積み重ねることが、次の新しい創造のために必要なのだ、と気付かされるのです。<p>このことは自然科学でも重要なプロセスです。例えば「夜空はなぜ暗いのか?」と聞かれて、そんなの当たり前じゃないか、で簡単に済ませていないでしょうか? 実はこれは歴史的に有名な問い(オルバースのパラドックス)で、正確に答えを出すのは大変なのです。そして、そこから出てくる答えのスケールの大きさに、驚かない人は居ません(続きは「夜空はなぜ暗い?―オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷」(エドワード・ハリソン著)等をどうぞ)。「科学の歴史は一面から見れば間違いの歴史であるが、間違いがないと研究が進まない」(寺田寅彦)なのですが、これは科学に限らず、将棋の定跡でも同じことですね。<p>この対談集に興味を持たれたら、金出武雄先生の著書「素人のように考え、玄人として実行する―問題解決のメタ技術」もお薦めします。この本のタイトルのように、素人(=頭が悪い)と玄人(=頭が良い)を自分の中に共存させること、そのバランス感覚が重要なんだな、と羽生氏の対談集を読んで改めて気付かされます。