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ギャンブルの歴史ギャンブルの歴史は相当に古く、人類に文明が生まれた頃には、既にギャンブルは存在していたようです。 ギャンブルの起源は一般には、占いであると言われます。未来の吉兆や凶兆、天災、人災など人知の及ばない自然現象について占ったり、神の意思を確認する手段としての用いられていた占いがやがて、ギャンブルへと発展し人々の間に広まりました。 例えば、古代エジプトの墳墓からは、人間や神々がダイスを振っている様子を描いた絵や陶器などが発見されています。ギリシャ時代には、※1ホメロスが自らの詩の中で、当時のギリシャ人がギャンブルに熱狂していた様子を描いています。 ギャンブルは古代から、人々を熱狂させるものでした。そのため、多くの為政者達はこれを禁止し、また、弾圧してきました。ギャンブルの歴史はそのまま、禁止、弾圧の歴史であるといってもいいくらいです。 欧州では、ローマ時代からギャンブルは禁止、公認を繰り返してきました。日本でも時代時代で、為政者達は賭博禁止令を出してきましたし、現在でも日本では、公営賭博以外のギャンブルは刑法により禁止されています。 現在知られている最古のギャンブルに対する弾圧は、古代ギリシャで行われたものだと言われます。当時、ギャンブルは「都市国家の組織に対する脅威」であるとして、禁止追放されました。 そのように禁止されることも多くありながら、一向にギャンブル熱が収まらなかったのは、シーザーやアウグストゥス、ネロなど歴史上の多くの為政者自身がその魅力に取り付かれ、強く禁止をすることが出来なかったからだとも言われます。 ギャンブルが歴史上転換を迎えたのは、フランス革命後期のギャンブル場への課税の開始でした。ギャンブルに対する課税が広まるにつれ、為政者はそこから入ってくる莫大な収益を無視できなくなり、ギャンブルに対する各国の態度は徐々に寛容なものになっていきました。現在、アメリカでこれほどまでに大々的にカジノ経営が広まっているのも、その事業規模が国家的に見ても無視できないレベルに達しているからだと思われます。 例えば、ラスベガス市や巨大ホテルが立ち並ぶラスベガス大通りを含むクラークカウンティで、サービス業に従事する人は26万4000人であり、そのうち、61.3%がホテル、カジノ、リゾート関連従事者となっています。 (参考資料)アメリカにみるカジノを主体とした街おこし また、ラスベガスの収税の半分以上はカジノ収入によるものだそうです。 現在では、ネット上にオンラインカジノが発生するなどしており、法的な規制の面で新たな展開を見せ始めています。 ※1 ホメロス:前750年頃に活躍、ヨーロッパ最古の文学作品である『イリアス』と『オデュッセイア』を残す。前後者とも、トロイア戦争について記述している。トロイの木馬の語源は、ホメロスの叙事詩にある事が知られている。
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