|
|
「ああ野麦峠(あゝ野麦峠)―ある製糸工女哀史 」(山本茂美)、書評ああ野麦峠は、映画にもなった非常に有名なノンフィクションである。 けれど、僕は本書を読むまで、それがどんな内容の本かも知らなかった。 明治から昭和初期にかけて日本の輸出を支えた生糸産業。 その生糸産業の半分は、信州の養蚕業が占めていた。 そして、信州の養蚕業はその10代から20代の工女によって支えられていた。 ああ野麦峠は、明治から昭和に至る飛騨の工女の史実を綴ったノンフィクションであ る。 野麦峠は、信州と飛騨の間の峠であり、冬には雪が舞い、深く峠を覆う。 現在ではスキー場やツーリング場所として利用され、レジャー地域として親しまれている。 しかし、野麦峠の土には多くの工女の幾千もの涙がしみているという。 飛騨工女は、正月になれば、里帰りのために、正月を過ぎれば仕事のために野麦峠を越えた。 そして、朝の5時から夜の10時まで休みなく働きつづけたそうだ。 苛酷な労働のために、結核などの病気にかかったり、自ら命を絶つ者も後を絶たなかったという。 より印象的なのは、そのような環境であったにも関わらず、工女自身は自作農として働くよりはずっとましであったというコメントである。 普通に読んでいると遠い昔のことに思えるが、そんなに昔のことではない。 実際には、僕らより2世代から3世代前の話題なのだ。 また、本書を読むと100年前から現在までのインフレ率がどれほど尋常でないものだったのか、そのことが実感としてよく分かる。 たとえば、下宿は一日二十銭、酒は二号徳利で九銭。百円あれば普通の平屋が二件建ったというから、恐らくではあるが、当時の1円 が1万円から10万円程度の感覚だといえるだろう。 一見、何気ない記述だが、今の話に置き換えるとそのすごさがよく分かる。 1円が1万円ということは、1万円が1億円になるということ。 10万円なら10億円。つまり、今から、100年後、普通の人の初任給が20億円〜200億円になってもおかしくないということなのだ。 今の話に置き換えてみると非常に怖くなる。 かつての日本の姿を庶民の視点から今に伝える古典的名著である。
|
Copyright(C) 2002 - Mitsuharu Matsumoto All rights reserved.