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「アルジャーノンに花束を」(ダニエル キイス)、書評世の中は不合理なもので、内容が良くても、売れない本は多い。 まして、それが名もない小説家の一作品であった場合にはなおさらである。 たとえば、本書のタイトルを見て、私たちはすぐに手を取ろうと思うだろうか。 本書のタイトルを見ただけでは、その内容を想像することはむずかしい。 当時、名も知られていなかった一人の男の、一見、内容も想像できないこの小説が、現在、世界中で700万部を売りあげる大ベストセラーになったことは、非常に驚くべきことである。 そして、それは、世の中の小説を見る目が、まだ曇っていないことを意味しているに違いない。 ダニエルキイス氏は、「24人のビリーミリガン」などで知られるベストセラー作家である。 本書を知るまで、彼はノンフィクションライターなのだと思っていたのだが、氏の作家としての出世作は、この小説であるようだ。
本書の主人公は、チャーリィゴードンという知能障害を抱えた32才のパン屋店員。 彼は、他の知能障害児と異なり、学習に強い意欲を持っている。 それは、例えば、自分が賢くなれば、お母さんが彼を愛してくれるようになると信じているから。 大学の脳外科医がその学習意欲を買い、彼にある提案をする。 彼の頭をよくするために、手術をしてあげようと。 本書は、その人体実験の経過報告をチャーリーが綴っていくという形で描かれている。 その文面が、思考過程が、彼が賢くなっていく過程を如実に示す。 彼は、その手術のおかげで、通常の人が何十年もかけて学ぶことを、ほんの数週間で学んでいく。 あっという間に、彼は周りの人々を抜き、IQ70の知能障害からIQ185の天才人間になる。 そして、彼は自分の周りに起こっていることが一体なんなのかを理解していく。 知能が遅れていたから理解しあえなかった人。 知能が進みすぎたために理解しあえないこと。 自分を馬鹿にしていた人間。 自分の変化を怖がる人間。 自分を利用しようとする人々。 孤独、哀しみ、全ての感情を、彼は、ほんの数ヶ月で理解する。彼は、それら感情を引き起こした出来事を、自らの経過報告へと書き綴っていく。 そして、本書のタイトルは、彼がその後、辿ることになる数奇な運命の後にたどり着く、ある結論への一つの伏線なのだ。
本書は、例えば、生きているということはどういうことかを私たちに考えさせる。 本書は、例えば、人間にとって知性とは何かを私たちに問い掛ける。 本書は、例えば、幸せとは何かという根源的なテーマを扱っている。 あまりにも含むテーマが多すぎて、一言では語れない。 それは、彼が過ごす、その数ヶ月に、通常の人の人生の全てが含まれているからだ。 本書は、つまり、それらテーマに真正面から取り組んだ小説であるといえるだろう。
印象に残った文章を、自分のために少し引用しておきたい。 しかしIQ185の私はIQ70であった私と同じくらいアリスとかけ離れているのだ。そして今度は二人ともそれを知っていた。 なお、この小説は、クリフ・ロバートソン主演で映画化されてもいる。2002年9月27日以降、AmazonでもDVDを取り扱うそうである。
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