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「博士の愛した数式」(小川洋子)科学の女王は数学であり、数学の女王は整数論である 19世紀に生きた数学の帝王カール フリードリッヒ ガウスの言葉である。 科学的事実は時間が経てば、もしかしたら覆るかもしれない。 けれど、数学で証明された定理は、何千年経っても、永遠に真実なのだ。 例えば、ピタゴラスの定理は、2000年以上たった今もやはり正しい。 数学者に必要なのは、だから、論理よりは、むしろ、美的センスだといわれる。 (例えば、「若き数学者のアメリカ」で日本エッセイストクラブ賞を受賞し、数学者でもある藤原正彦さんも似たようなことを言っている。) だから、数学は科学というよりもむしろ究極の芸術の一つなのではないかと思っている。 (確か昔、北野武さんはテレビの中で、数学は哲学なのだとコメントしていた。) 「永遠」と「一瞬」。それはこの小説における重要なテーマの一つだと思う。 主人公は、数学博士と家政婦、そして、家政婦の10歳になる子供の三人。 博士は、25年前の交通事故のために、80分しか記憶を保持できない。 だから、博士の世話をするために雇われた家政婦は、朝、出会うたびに自己紹介をするのだ。 生活の中で、博士は自分が心から愛している数学について、二人にいろいろと話してくれる。 そして、二人だけが、今までにいた人と違って、博士の言葉に耳を傾けるのだ。 普通の人にはない感性を持つ博士を二人が信用するようになったのは、子供に対する彼の限りない愛情のためだったのだろう。 それは、彼が数学に対するのと同じ種類の愛情だといえる。 美しいものを純粋に愛することができる人が、その愛情をそのまま人に向ける姿を見るときに、日常の中にこそ、美しいものがどれほど多くあるのかに気づかされるのだ。 自分に関する記憶が、すぐになくなってしまう人との生活。 その間には、人と人との心のふれあいは生じないように思える。 しかし、だからこそ、家政婦と息子は、博士との生活の中で、その一瞬の内に永遠を見出すのではないだろうか。 数学という小道具が、本書の中にあるテーマを静かに、しかし、力強く、引き立てている。 久しぶりに夢中になって読んだ小説である。 この世でもっとも美しい公式の一つとして挙げられているオイラーの公式。 exp(iπ) + 1 = 0 虫の知らせなのかちょうど、この公式のためだけの本、「オイラーの贈り物」という本も借りてきていた。 また、藤原正彦さんの本は、本書でも参考文献として挙げられている。 こういう一致は人生の中で時々起こり、いつも不思議だなぁと思わされる。 あと、前にやったことの記憶をなくしてしまうというシチュエーションは、ダニエルキイスの名作「アルジャーノンに花束を」を思い出させた。
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